カテゴリー
介護 余命 看取り 膠原病

病病介護を振り返り~ 退院を目指して‼️

テーマ:ブログ

母は 痛みが強いものの 好物のフルーツやハーゲンダッツのアイスクリームを
殆ど介助なしで
食べれる回数が増えて
本当に私は感動感謝で一杯に。

しかし
尿は出ず…
尿を出す薬を服用させても不可能だと冷たく医師に言われた

母には担当の医師が数名ついており
個室の部屋は面会禁止の日や
重症患者の赤丸シールが
名前の前に貼ってある。

私は薬を試さずに切り捨てるなんて!と
医師に訴え
他の医師をつかまえては薬を恃んだ………

やっと2日後から…有り難くも
少しずつ尿が出てくれた!

あの医師の言葉は何??
母上……凄い

今度は尿管と尿袋を外し
前あきのオムツに成った。Msizeでも
ブカブカになり
母の陰部洗浄、オムツ換えや床擦れ防止の
体位変換も
看護士さんより
私は丁寧に
母に話を沢山しながら行った。

オムツの中で??
母は我慢してしまう事が増え
不快感に悩み

衛生上…可哀想だけれど
つなぎ
と言う特殊な寝間着?を着るようになった。
美しい母が と内心凄い辛い私
でも似合うわよと
母に話かけていた。

個室なのでクラッシク音楽を 私が毎日 流して センモウ 痴呆悪化を 防いでいた。私の居ない時には看護士さんに音楽を流す様に頼んだ。

母も
だんだん家に居る様な安心を覚えた様子で
こんなに広い個室は大変でしょ?

もう退院して大丈夫よ………を
繰り返す様になり
私は
赤丸シールが 早く 黄色 そして白に成れ
と益々 介護に奮闘開始した。

数日後
情けない事に
疲労 からか? 頚椎 腰椎のヘルニアも再燃してしまい 歩くのも無理で 腰にサポーター
松葉づえで タクシーで病室へ通う様になり

医師達に 母の炎症反応 全身状態
退院の目処等 話し合いのカンファレンスを依頼した。

広い病院での あちら此方への移動
腰を使う大きな動作で 病院より我が家で
看た方が 私の不可が減り
母も 落ち着いた気持ちで 闘病が出来ると
思った。

特別階
重症患者と いう母は 医療カウンセラーが
入院翌日から 着いていて 私は頻繁に 先々の方針を 伝え相談してきた。

良い話し合い カンファレンスで 良い結果を
帰宅しては 何度も 父 祖母に祈った………

本当に 母の努力 頑張りは素晴らしい物で
必ず 良い方向に 行くようにと
祈り に祈り 朝を迎えていた。



id=s00000014098004004000&mc=1″>

#最終期
#在宅介護
#誤嚥性肺炎

作成者: marika7

皆さん☺️初めまして。
語学教師 塾講師 国際親善大使 着物モデル シンガー 作詞家 作曲 多種に及び 好奇心旺盛 誠実に真実一路の人生を歩んで来ました。

20代自ら誤診から難病に成ってしまいました。

病病介護 〰️長年の在宅介護から得た知識 現在の医療現場 制度 色々 感じ悩みながら 最愛なる母を昨年 亡くしたばかりの私…

性格は明朗快活 誠実
典型的?なB型 粘り強い!多趣味

皆さんと 一緒に介護とは?介護生活とは?
人生とは? 自分の人生を振り返りながら 私の経験 思いを 参考にして頂きながら 再び 学びたく ブログをスタートしました。

母の人生の軌跡は本当に尊敬に価いする素晴らしい物。

母は父が私が2歳の時に
心臓病で他界。母は姉妹を有名な工芸家、事業家として
一世風靡。

上皇后美智子さまがお越しいれの際に作品を所望され作品を提供。私も皇居にお呼ばれされて
母は父親役、母親役を立派に果たしてくれました。
姉は精神疾患…本当に苦労した母です。

豊かに愛育教育してくれて私には母が誇りです!

それが最期…悔しく辛いお別れ

をバネに介護カウンセラーー心理カウンセラーの資格を取得しました。母へのお詫びと償い…そして
同じ様な状態ー悩んで居る方のお力に成りたいです。

宜しくお願い致します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。