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病病介護を振り返り~ 医学 終末期の知識は生かしてゆこう!

私は 自らが 若い頃 誤診にあい ステロイドを1000:タブレット以上 飲まされ 免疫が破壊され 膠原病となり三年近く 痛みで
ノタウチ回り さんざん 母に世話を心労を
掛けてしまった。

1年間、~お粥しか胃潰瘍で食べれず
当時は30キロ台迄
痩せて筋肉も落ちてしまった

しかしながら
持ち前の根性 前向きさ!!で 死んでたまるか、母を 家庭を ゴタゴタにして

と、奇跡的に 歩き 復活することに出来た。

その時 色々な医学の本 病の本
老人の心
何十冊の部厚い本 を読みあさって居たので 介護士さんや 医師に 話し合い 反論しても 母の笑顔 命を大切に するのが
最優先と 念頭においた。

母へのお詫び 恩返し 親こう!!!

どうなってゆくのか
本を繰り返し読み
わかって いたから 覚悟を しながら

毎日 毎日 皆勤賞物で 嵐の日も毎日 母に 会いに通っていた。

母が 高熱 痛み
意識混濁なので 私が隣に居るのが
分からない状態で

眠ったまま 両手を組み
天井の方向に 腕を上げて

神様 仏さま
私の願いは 娘の健康 幸せです。
どうか お守りくださいと………

そして 30分してから
寝たまま 私の名前を呼び
ご免なさいと……………

私は母の熱のある熱い 頬に触れ
起きて居るの??
聞こえるる??

謝らないで

謝るのは 私よ !!
ご免なさい
痛いのよね(泣)
可哀想に

私は大丈夫よ
と話し掛けたけれど 母は眠っていた。

母の声を 久しぶりに聞いて 嬉しいのに
もう 別れの様な 言葉を口にして
私は 母の身体を ぞっと 抱いて
慟哭して 本当に 責任を感じ

更に 何が起ころうが 私が もう一度
必ず 母を幸せに する!!
と 誓った……………





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病病介護を振り返り~ 祈りの決断は正しいのか?

テーマ:ブログ

母の余生 命は 私一人の決断に 掛かって居る。

私自身も ショックや徹夜の連続で
膠原病がアクティブ=再発してしまい

立つ 歩くのも 困難………
指も 腫れ上がり バックも持てない状態に
陥った…(泣)
悔しい!何て事??

しかしながら
母を 守るのは 私しか居ない

決断を誤ったら 一大事………
私の落ち度で母を地獄へ
落としてしまったのだ。

私は発熱と痛む全身を癌の疼痛薬とステロイドと
母への愛で 決断した、、、

やはり全身麻酔は母には危険
オペも無理だ

温存方法で

母と更に大変な過酷な道を歩む

此れから 寝たきり状態の道へ…
大変な 道のりながら
温存方法を 撰んだ………

病室で
高熱40度
大貧血 血圧低下 多きな血腫 骨折の激痛で
真っ赤な 顔色で 眠り続ける母に………

私の命を 体力を 全部
上げるから 頑張って!!

ご免なさい………
本当に ご免なさい ご免なさいを
繰り返し……
母の身体を擦り続け

頬と頬を 心と心を 寄せあい
神仏に 祈り続けた…

私は痛みをこらえて
母の傍に 病院に泊まりこんだ…

そして
外科の医師に 決断を伝えたく
看護士長に 先生に 話したいと
アポを依頼した…………







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