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膠原病 闘病

病病介護を振返り~リュウマチの痛み

今日の 私は リウマチの 炎症 傷みが強く

お散歩 リハピリ が 出来ずに 少し
落ち込んで居る………

外の空気に 触れたくなり
我が家のテラスから 空を仰ぐ

素晴らしい\(^o^)/

感動に 包まれた 私、

目が見える 幸せ❢

痛みで はいつくばりそうでも

こんなに 素晴らしい

秋晴れ 夕焼けを 見れるのだ

ついつい 空に向かい

亡き最愛なる我が母上様に

感謝 感動を 話しかける!

何と 素晴らしい
何と 幸せ 有り難いことでしょうか…

五体満足に 産んで下さり

豊かなる 愛で
育てて下さり

有り難うございます~

痛みは 鎮静して来た と
安堵を 感じて来た私は

又もや 地下に 落とされた 感覚でおるが

素晴らしい パワーアップに

心に

光が 道お触れて来た~

姉が 居ながら

難病の 私 一人が

母に 恩返し 介護

そして 終末期介護に
奮闘して来たのだから

膠原病の悪化し

更に リウマチの 発症は 致し方ない。

が、 こんな 不公平が

許されて 良いだろうか

母の 胸の内を 彷彿し

今もなお 私の 健康 幸せを

案じている 両親を思うと

慟哭の嵐 が 私を 襲う。

感動の笑み 慟哭の 涙

今日は 複雑な 私ですある……

病病介護を振り返り
最愛なる母上様と 愛娘

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介護

病病介護を振返り~満身創痍

膠原病合併 糖尿病 狭心症 脳梗塞2回……

満身創痍 の私……

麻酔アレルギーさえ ある。

そのような 身体で 未来 将来に 掲げた
目標は まだまだ 叶えたい事柄は 盛り沢山存在する❢

時には この 身体で 我が命を 掛けて

最愛 敬愛なる 我が母を
日常生活 母の晩年 老後を 共に 暮らし

大切に 敬い 感謝 労い

心豊かに 明るく 前向きに 毎日を丁寧に
暮らして来た

要は お互いの 信頼 に 二人三脚。

母の素晴らしい 前向きさ 気高く 優しく強い魂……

愛娘ながら 慕い 魅了される 人格 美しさ……

膠原病 に加え
頚椎 腰椎ヘルニア
そして 喘息すら 在宅介護で 発症した私ですあるが 私の 人格の 勲章 と 思い

けして 他の 家庭 人々と、 己を 比較する事無く

時には 母と 共倒れに陥り
同時に 救急搬送された事 入院したことは

多々あった…

亡祖母 亡き父に 必死に 祈り

何処に居ても 我より 母の安全 回復を祈る…

どうしても 解せないのは

精神疾患を 高校受験から 発症してしまった
姉の存在……

私が まだ 中学生に成ったばかりから

姉に 変化が 見られ

仕事で 一世風靡 していた
母と

文部両道 明朗快活に 育っていた 私に

暗雲が 立ち込め 張り詰め

姉は 勿論

立派過ぎる 母と 私の 悲劇 苦しみの耐えない

暗く 長い 長い トンネルに 惹き込まれ

暗黒の 時代へ 飲まれ混んでいった……

将来を 約束されていた 日本を代表する 工芸作家

父は 私が 2歳の頃 くしくも

惜しまれつつ 心臓病で 世を去り

母の才覚 手腕 人柄から 姉妹は

豊かに 暮らし
熱心な 母の 愛 教育 教育を 受け

順風満帆に 見えていた……

だからこそ 母も 妹の私も
姉の病を 治す事に 名誉 財産を 手放し

母と 私は 二人三脚で 頑張っていた…

しかし その姉は 母が 終末期の際に

一度も 親孝行 恩返しらしき行い…
気持ちを 現した 事は ない。

それどころか 私を 敵の如く
未だに 悪く 思い
親族 や SNSにさえ 投稿し、止まぬ…

偽りの 思い込み? 被害妄想を……

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病病介護を振返り~リハビリお散歩


ざわやかな 秋本番の 夜に
リハビリお散歩を

継続は 力なり❢で 今夜も

ポジティブに 歩む私……

気持ちは アクティブ!若々しく ✨

横断歩道 つい 足早になりがち

人混みに まみれ

つい 足首を ひねる……

慌てない 慌てない

マイペース
マイペース
ふと
痛みが 走ると 汗ばみ

ハンカチを
握りしめる。

秋空を 見上げる…

最愛なる 母上様の 笑顔が 浮かび…

頑張り過ぎは 駄目よ
急いでは 駄目よ……

転ばない様に
気をつけなさいね

優しい
声が 胸に こだる。

明日は クリニックへ❢

まだまだ 私は

ポジティブ ファイト ❣