若くして 将来を約束された
才能 忍耐力 手腕 指導力 人格を持ち
皇居にて 昭和天皇から
賞状を 2回 程
授与されながら
母の懸命な介護 愛も虚しく
若く美しい 最愛なる我が母と
2歳 4歳 の娘
つまり 私と姉を残し
悔しく 儚くも 無念な気持ちで
天に召された 我が誇りの父…
男装の麗人と 言われた父
天才と 謳われた父……
陶器の様に美しく
真っ白な 肌
長身 で 明るく 誠実な人柄。
私は 父の声 愛を知らずに
幼な過ぎて …… 正直 寂しい。
しかしながら
父の作品
沢山の写真
2歳の私は 当時
白黒テレビながら
母の膝に正座して
姉と 三人 きちんと座り
皇居での 輝く
個性的な 美しい男性を見た
それは 強く 脳裏 瞳に
焼き付いている。
それが 我が父❣❣❣
そして 作品の写真から
父の 人柄を 想像する
理解 出来る。
亡き母は
懸命に 父の後継者として
昭和の 日本伝統工芸 文化
創作人形 芸術家として
工芸作家として
難関な胡粉技術で
大輪の華を咲かせ
国にも 多大なる貢献をした。
姉妹は
豊かに 養育 教育され 幸せ一杯。
母が 現役引退をし
監修する 役に回った頃から
私は 両親の 墓守を
自覚し
両親を 誇りに思い
父の愛を 身近に感じて
母の病病介護
二人三脚の暮らしを
父に強く 愛されながら
スタートさせた
強き 心の糧である。
同時に 更に頑張り
私も 人様の役に立ちたい
仕事を 充実させ
何かしら 小さくとも
人生の華を咲かせてみせよう!!
必死に 頑張り生きて来た。
結果は
両親には 叶わう事は
出来ずとも
今 難しい 病に罹患しながらも
前向きに 祈りながら
奮闘出来る 日々に
今 は 亡き母と
幼くして
父を 亡くした 私であるが
両親の愛 強い 見守りが
あってこそ!!
と 辛い日にも
温かい 両親の存在を
身近に 感じて 奮起する私。
血の繋がり
特別に 両親との強く固い絆に
有り難く
今
ずっと 父 母に
語りながら
穏やかな 時間を過ごしている。
なので
私は父の愛を
間接的に知っていたのだ。
そう! とうの昔から……
いつか 天に召されたら
父には 山程
報告したい 話が 本当に
盛り沢山……ある。
質問したり 相談したかった事柄
感謝 愛 尊敬する
私の純真な気持ちを
告げたい……
命日
本当に 人生を振り返り
胸が一杯だ。
愛は 永遠
不滅と 確信する日だ。
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