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母は 前向きな強い性格。そして
心根が優しい人~
私にも 今迄の幾多の病のオペや 入院
辛い検索 治療後も 大丈夫よ~と 笑顔を
私や 医師 看護士さんらに美しい笑顔を
見せて 自分の辛さより
周りの人間に 寛容な心で 有り難うね~を
常に 一人一人に 言っているらしく
病院の アイドル
と 看護士さんらに 聞かされた。
私は 驚いた と同時に 皆に愛され
母らしいと 嬉しく成った。
流石!!!母と誇りに思った。
他の患者さんの大半は
文句や苦しみを
頻繁に訴えて
看護士さんらは疲労困憊で
母から沢山のパワーを貰って頑張れル!!
と言っていた。
なのに 余命を宣告されて居て…………
私は誰にも口外せずに
母にも明るく満面の笑みで節した。
病室のトイレで涙した…
その様な 母は 自分が 何故??
あちらこちらを固定されて
足が 動かず
痛みで 身動き出来ぬ 身体の変化に
きずき始めて
私には
母は どうしたの?? トイレに行きたい……
何故 行っては駄目なの?
何があったの?
ベッドの上では トイレなんて出来ないわ………と 初めて 一体 何が起きたのか
分からぬ母は 動揺していた
尿管が入っているから
ベッドで しても 大丈夫よ………
胸が 張り裂ける思いで繰り返し伝えた
母の心を守るのに 明るい話をしたり
歌を歌い 体を擦ったり
おかしな顔をしたり 何とか
毎日 毎日 母の心と身体の傷に
寄り添った
今迄の母は 病で入院して
個室でない時には
簡易トイレを 使ってくれたけれど
今回は
凄く嫌がり 私一人では無理で
看護士さんを
呼び 二人で 足は治るから
大丈夫です! と母を説得して
ベッドから 簡易トイレへ ダッコして
母には 我慢を 強いてしまった…………
娘の私には 母は今回は色々と不安 痛みから
沢山の質問をしてきた
本当に 申し訳なくて
抱き締めながら ひたすら
ご免なさい…
世界一 愛しているのにーーーと
繰り返していた私は 汗だくに
なっていた。
此れから 母に様々なリハビリが
スタートする。
母は 何も悪くないのにーーー
痛みや 不調 気持ちの整理が
つかぬ間に
眠って居ても
リハビリに起こされ
私は 母の容態が 心配で
毎日 病室へ 通って
病室で やっと 腰、臀部の
痛みが和らぎ 車椅子に座れる様に
なってからは 景色の良い場所へ
車椅子を押して 母を連れて
お喋りをした
エレベーターで 売店に おり
母の好きなスイーツを 二人で 見て回ったけれど いつもの 輝く笑顔はなく
寂しそうな 顔色も悪く
腕には血圧計 指にはサチュレーションを付けられ 私は数値も 見ながら
ゆっくり ゆっくり 母に心で詫びて
明るい笑顔 明るい大きな声で
此れからの夢
退院したら カフェしようね
等 叶わぬ事を知りながら
私は 母に 語り掛けた
母は 何時か、退院できるのね?
と 嬉しそうな 驚いた顔をして
私に微笑み 手を繋いでくれた
今 振り返り
鮮明に 一つ一つ 又 母の顔 姿が
蘇る。
頑張れ 頑張って 頑張って
プレー プレー 母上ちゃん
を 毎日
母が不調な時も
眠って居ても
明るく祈りを込めて
思いっきり 私は声をあげた。
血圧が低下したり
持病の喘息が出てネプライザーを
看護士さんの やる仕事を 色々と 私は
自ら 率先して 介護した
此れから 長い 長い
苦しみが 母を待ち受けていた
毎日
綺麗な花を沢山
多きな花瓶にいけた
母に読んで貰えなくても
毎日
手紙~マンガを書いて
母に枕元においた
沢山の写真もーーー
ぬいぐるみも。
でも 私の名前を呼んで呉れる母を
更に 命を掛けて絶対に 奇跡を起こそう
と 私は 自分の痛みさえ
忘れる程に 決意を新たにした
頑張れ 母上!!!
頑張れ 私!!… 負けるな、私!!
#最終期
#在宅介護
#誤嚥性肺炎